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いよいよ本当に殺人罪等の公訴時効が撤廃される方向へ動きそうだ。

最近は、「時効 廃止 遡及」のキーワードで検索してくる人も増えてきたので、改めて公訴時効の廃止と遡及処罰の禁止の関係について記しておこう。


法制審議会が作成した要綱骨子案によると、殺人罪のほか、人を死亡させた罪のうち、①法定刑の上限が死刑のものに関しては時効を撤廃し、②それ以外に関しては時効期間を延長するという。

さらに、現時点で時効が完成していない事件にも改正後の規定が遡及的に適用されるとしている。


時効の廃止・延長に対しては、圧倒的多数の国民が賛成しているが、最後の「遡及適用」は「遡及処罰を禁止する憲法に反する」との声が一部から上がっている。

これに関しては以前取り上げた・・・というか、思いのほか長い議論になったことがある。


公訴時効と遡及処罰の禁止
公訴時効と遡及処罰の禁止(再反論)
公訴時効の遡及処罰の禁止(その3)
公訴時効と遡及処罰の禁止(完結)


長くなったのは、議論の相手が、人の話を全く聞かずに直感的に反論してしまう人(しかも、公訴時効が問題となっているのに、「刑の時効」という全く別の制度と勘違いしていた)だったからなのだが、そのせいで、細かいところまで懇切丁寧に説明するはめになったので、結果的には意外と役に立つ記事になっているかもしれない。



ここでもう一度整理しておくと、

1.遡及処罰の禁止(刑罰不遡及の原則)の趣旨は、何が犯罪で何が犯罪でないかを事前に国民に提示しておくことで、国民の行動の自由を保障することにある。

2.時効が成立した事件であっても、その行為が「違法ではない」わけでも「犯罪ではない」わけでもなくて、ただ単に、「処罰するために必要な手続き(=刑事訴訟)を遂行できない」から処罰されないだけである。

3.改正後の規定(時効廃止・期間延長)を遡及的に適用すると定めたとしても、「○○してはならない(これに反した場合は、○○の刑に処する)」という行為規範自体は事前に国民に提示されているわけであるから、「事前に提示された規範に反する行為」を「事前に提示された刑罰」に基づいて処罰するにすぎない。

4.したがって、改正後の規定を改正前の事件に適用しても、遡及処罰の禁止に反することはない。


ということになる。
もちろん、これは、遡及処罰の禁止という憲法上の要請との関係について述べたにすぎないので、「憲法で禁止されていないからといって、政策的に妥当か」という問題は残っている。



さて、以上を前提として、以前の記事がこちらのブログで取り上げられていた。


公訴時効廃止とか(「Sakha Republic」さん)


ところで、いきなり横道にそれるんだが、このブログの最後にこういう一文が。

前出ブログ様は相当に勉強なさっているようで、刑法総論で可しか取れないような私なんぞが論戦をふっかけることはとても畏れ多い、むしろ純粋に恐ろしいのでここで一方的に言っておくだけにしておく。


・・・。

怖がらせてしまった・・・orz


どうやら議論になるのは避けたそうなので、勝手に紹介するのは迷惑なのかもしれないんだけど、見つけてしまったものはしょうがない。

前回の相手と違って、基本的な事実誤認はないし、法律の知識もあるようなので、別に議論になっても大丈夫だと思うんだけどね。
というか、全く反論が無くて一方的に書いてると、本当に自分は正しいことを述べているのか、論理矛盾を見逃していないかってことが分からないので、異論・反論は遠慮せずしてほしいのだが・・・。

そもそも、先方も「遡及処罰の禁止に反する」とは言ってないので、おそらくこの点では一致している(と思う)ので、前回のような真っ向から対立する議論にはならないと思うし・・・。


まあ、とにかく、なるべく相手を委縮させないよう配慮しながら、そこに示された論点について改めて考えてみたいと思う。



まずは、刑の加重との関係から。

ただ、なんか時効関連で遡及処罰にあたる事項があったような・・・と思って読み進めると、「刑の加重による公訴時効期間延長については、適用される加重前の罰条を基準とする旨の判例がある(最判S42.5.19)。」要するに、訴訟手続き関連は遡及禁止の範囲に含まれないけれども、実体法の変更から反射的に生まれる不利益については遡及禁止ですよ、ということ。

判例が示した内容を具体的にいうと、次のようなことだ。

例えば傷害罪の法定刑の上限は懲役15年だが、上限が懲役15年の罪の公訴時効は10年である。
そして、仮に傷害罪の法定刑が改正されて上限が無期懲役になったとする。

無期懲役に当たる罪の公訴時効は15年なのだが、この場合は、改正後の罪に対応する規定を適用する(つまり、無期懲役に当たる罪だから、公訴時効は15年とする)のではなく、改正前の罪に対応する規定である10年で公訴時効にかかる。


これに関しては、判例の通り解するのが正当である。
というより、これは解釈論として当然の話だ。

遡及処罰が禁止されている趣旨を改めて説明することは省略するが、とにかく、刑罰法規は施行前の行為にまで遡って適用されてはならない。
そうすると、刑を加重する法改正がされる前に罪を犯した者に対し適用される罰条は、いうまでもなく改正前のものである。

前述の例でいえば、「長期が懲役15年の傷害罪」に違反したことで裁かれ「無期懲役の傷害罪」に違反したわけではないから、当然、公訴時効に関しても長期が懲役15年の罪に関する規定(10年)が適用されるべきである。
「長期が懲役15年の罪」に対し、「無期懲役に当たる罪」に関する規定である15年の公訴時効を適用する理由が無いのだ。


これに対し、hazymn氏の疑問は次のようなもの。

確かに実体法訴訟法でスッパリ分ける立場からは説明しうる話なんだろうけど、反射的な時効延長は禁止だけど大元のところを変えるのは大丈夫、というのは何となくしっくり来ない。別に「時効自体は訴訟法の規定なので、実体法の加重によって変更されたとしても遡及禁止に含まれません」と言ってしまうことも出来るわけで、わざわざ最高裁が踏み込んで遡及禁止を選んだのは時効を遡及することについての抵抗感が強いからではないかなあと思ったり。

これは、判例の読み方に誤りがある。
ここで述べられているのは「反射的な時効延長は禁止」というより、むしろ前述のとおり「時効を延長する理由が無い」ということである。

この事例で「遡及禁止」が問題となっているのは、「改正前の犯罪には改正前の罰条が適用される」というところだけで、その後、公訴時効との関係では遡及禁止は問題となっていない。

「長期が懲役15年の罪」を犯した者に、「長期が懲役15年の罪」に対応する時効期間(=10年)の規定を適用するという当然のことを確認しただけなので、逆に、ここで「無期懲役に当たる罪」に対応する時効期間(=15年)の規定を適用してしまうと、全く関係のない規定を適用したことになってしまう。


要するに、最高裁は、公訴時効に関しても「遡及禁止を選んだ」のではなく、ここでは「公訴時効の遡及」の話は何もしていないのだ。

「公訴時効」と「遡及」が関わってくるから、一見すれば関係のある事例のように思えるが、実際のところは全く無関係の事例なので、混乱するようなら完全に無視したほうがよいだろう。


以上が、最判昭和42.5.19の内容である。



さて、ここからが実質論。
前掲ブログ記事でいうと、

「行動に関する予測可能性が失われ、遡及処罰の可能性によって国民の行動の自由が著しく害される」という遡及処罰禁止(不利益変更禁止)の実質的根拠から見たら、時効延長も不利益変更にあたるのではないかと思う。

という点を考えてみる。
ここでは、さらに次のように書かれている。

前出のブログの後の方の記事が述べるように「25年逃げ回ればゆるされるというのは刑法の認めるところではない(要約)」というのも理解できないわけではないが、何年経ったら公訴時効が完成する、ということも犯罪者の期待の利益として捉えてよいのではないか。逆に、そう解さないと、行為時にすでに処罰されていた行為に対する刑罰を事後的に加重して、それを遡及適用することも遡及禁止に抵触するという解釈と平仄が合わない。

以前の記事で何と述べたかというと、引用すると長くなるので、「公訴時効の遡及処罰の禁止(その3)」を参照。(なお、いま読み返して、意味の繋がりが分かりにくいところがあったので、若干の追記をしてある)

そして、「平仄が合わない」という理由については、こう述べられている。

「罪を犯したらこれだけ刑罰を受けます」→「こんだけの軽さなら犯してもいいよね」という期待の利益と「罪を犯したらこの期間だけ訴追されます」→「こんなすぐに訴追されなくなるなら犯してもいいよね」という期待の利益がそうそう違うものとは言えないんじゃないだろうか。


まあ、言いたいことはわかるが、私は、「そうそう違うものとは言えない」どころか、両者の「期待」には質的な差異が存在すると思う。

というのも、「こんだけの軽さなら犯してもいいよね」の期待は、自らの可罰的違法行為に相当する「こんだけの軽さ」の刑は受けることを前提とした期待なのに対し、「こんなすぐに訴追されなくなるなら犯してもいいよね」の期待は、自らの可罰的違法行為に相当する制裁をも免れることへの期待だからだ。


公訴時効は、「一定の期間の経過」という要件を満たせば、いかなる犯罪事実があろうとも、その可罰性の有無や程度に関わらず犯罪者を起訴できなくする制度であって、専ら“行為後”の事情により効果が生じる。
行為が罪に問われないといっても、「事前に提示されていた行為の評価」が「この行為は刑罰に値しない」となっていたからではないのである。

逆にいえば、手続上「無かったこと」にされるだけで、行為時には、(事前に可罰的違法性の有無と程度が告知された)犯罪事実が存在するのである。
この事実は、いくら時間が経過しようが事後的に(犯罪行為の時点に遡って)消滅するわけがないので、犯罪事実に対する法的効果としての刑罰が科されないのは、専ら政策的な(しかも、行為時には存在しない)事情に基づく。

時間の経過とともに可罰性が減少するという見解も存在するが、仮にその見解に従ったとしても、あくまで「一定期間経過後の時点」での可罰性が問題となっており、行為時には100%の可罰的違法性が認められるのである。


つまり、行為時を基準に考えると、両者とも「事前に提示された可罰的違法行為」をしている点に違いはない。

ということは、前者(「こんだけの軽さなら・・・」)の期待は、「行為時に提示されていた範囲を超えて制裁を受けない期待」であるのに対し、後者(「こんなすぐに訴追されなくなるなら・・・」)は、「行為時に提示されていた範囲での制裁をも受けない期待」なのである。


「遡及処罰の禁止」の趣旨は、国家権力による不意打ち・狙い撃ちの危険を防止し、一般の人々の行動の自由を保障することにある。

そうであるならば、自己の行為が犯罪であり、どの程度の可罰性があるかも既に示されている場合に、その「行為時に提示された範囲での制裁をも受けない期待」まで保護すべき理由はないだろう。

繰り返すが、「提示された範囲での制裁をも受けない」のは、あくまで時間の経過に基づく効果であって、犯罪行為そのものの評価(ないし効果)ではないのである。


さらに、

しかし、刑法(というよりひっくるめて刑事法)は犯罪行為への非難の意味(「あらゆる殺人を禁じている」)と共に、それとは別に犯罪事実に対する効果の意味での刑罰を定めていると考えられるので、その効果の面から見るならば、非難の意図からすれば抵触するような期待の利益を保護することはそんなにおかしいとは思えない。というか、そう考えないと「あらゆる殺人を禁じている」以上刑罰の加重は遡及して大丈夫ですよ、という話になってしまうからね。

「非難」という言葉は、普通は刑罰論や責任論で出てくる言葉なので、何のことか理解するのに時間がかかったが、おそらくこういうことだろう。
すなわち、「刑罰法規は、一定の行為を禁止するとともに、他方で、違反に対する法的効果(刑罰)を定めるものでもある」と。

確かに、それ自体は正しい。

しかし、罰則規定のない犯罪類型は存在しないように、刑罰法規において、「禁止」(混乱しないように「非難」という語は避ける)と、その違反に対する法的効果としての刑罰は表裏一体のものである。

犯罪成立の要件とその法的効果は、常にセットで機能する(「効果」のない「要件」はあり得ない)のであって、要件が満たされれば効果が生じるのは当然である。
たとえ、「効果の面から見る」としても、それだけを抜き出して、「独立した側面」として考えてはならない。

要件と効果がセットである以上、「要件は満たしても効果が生じないこと」を期待するのは正当な期待とはいえない。

前述した通り、「一定期間経過後には『制裁』が不可能になる」としても、それは「禁止」に違反したことに対する法的効果ではない。
あくまでも事後的な「時間の経過」から生じる効果である。(前述のとおり、制裁の可能性が無くなるのは、「行為に対する評価」ではなく、「時間の経過に対する評価」なのである)

そうすると、「一定期間逃げ切った人」が、その「効果」として「処罰されないことを期待」するのは当然だとしても、「今から犯罪をしようとする人」が、「一定期間逃げ切ったことの効果」として「処罰されないことを期待」するのは、保護に値しないといえる。
法は、犯罪行為自体に「処罰されない」という効果を用意しているわけではないのだから。


また、あらゆる殺人を禁じているからといっても、「禁止」にも当然程度がある(これは、違法性の程度であり、法定刑の重さに反映される)のは当然であって、事前に提示された違法評価の程度(=法定刑の重さ)以上の刑を科すことは、「事前に提示された範囲」を超えることになり、許されない。
公訴時効が遡及しても大丈夫なのは、あくまでも「事前に提示された範囲」にとどまるからである。


もちろん、何度も述べているが、これは「遡及処罰の禁止」という憲法の規定に抵触するか否かという点に絞った議論であって、「抵触しないとしてもなお不当である」と考えることは十分可能だ。

この点、hazymn氏が上記のような「期待の利益を保護することはそんなにおかしいとは思えない」としても、それは間違いだとは断定できない。
「違憲か合憲」かではなく、「おかしいかおかしくないか」の話であれば、「おかしい」と考えることもできる。

ただそれは、「遡及処罰の禁止に違反するかどうか」ではなく、専ら刑事政策的な議論に委ねられるべきなのである。
政策論として、犯人の何らかの利益を保護するメリットがデメリットを上回るようであれば、なお公訴時効の期間を遡及適用すべきでないという結論が導かれるだろう。
実際に、前回の改正では政策的判断として遡及させないということになった。


政策論として妥当かという点では、私も最初の記事で、既に時効が完成した事件にまで遡及適用するのは行き過ぎだと述べている。

これは、既に時効が完成して、「もう処罰されない」という前提で行動している者(もしかしたら、自らが犯人だと名乗り出ているかもしれない)を後から起訴可能としてしまうと、不意打ち的な国家権力の行使という、遡及処罰の場合と類似した問題が生じかねないからだ。(もちろん、その者が罪を犯したことは事実であるから、直接的には遡及処罰には当たらないが)

他方、まだ時効が完成していない事件に関しては、そのような問題も生じないので、基本的には遡及的に適用しても大丈夫だろうと思う。


長くなってしまったが、まとめ。


hazymn氏が論点を最後に整理されているので、このまま使っちゃおう。

●憲法の遡及処罰禁止を手続き法には一律適用しないとする、実体法と手続法峻別の是非。

実体法と手続法を峻別することが必ずしも正しいわけではないが、手続法はその名の通り、基本的に手続について定めたものであって、一般人の行為そのものの評価(可罰性の有無及び程度)を規定するものではない。
そうすると、原則的に憲法39条は問題とならない。
もちろん、「適用する余地が一切ないか」というと断言はできない(刑事訴訟法に、実体法的側面が強い規定が創設される場合など)が、少なくとも公訴時効の延長に関しては憲法の遡及処罰の禁止に反しない。


●刑法の趣旨、目的(犯罪事実に対する効果を予告するという面と犯罪への非難、禁止という面をどう考えるか)

刑法が人の行為を禁止する行為規範を提示し、その規範の効力を保持するため、同時に刑罰を規定している。
両者は不可分一体のものとして機能する。

ただし、公訴時効により不可罰となることは、「一定期間逃げ切ったこと」に対する効果であって、犯罪事実に対する効果ではないから、全く別のもの。


●時効の拡大の不利益と、刑罰の拡大の不利益は同質的か。

本文中に述べた通り、同質的ではない。



以上。

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公訴時効の廃止によせて
公訴時効の一部廃止に関し、一瞬、遡及的処罰の禁止及びその前提である罪刑法定主義を思い浮かべました。
しかし一方で、その問題と、手続法としての公訴時効の問題は別かな、と考え、検索してみました。
結果、数十年前に学んだ刑法ですが、少しは覚えているものだと自己満足しました。
maa&nii 2010/11/18(Thu)00:10:29 編集
>maa&niiさん
少しはお役に立てたでしょうか?
このブログでは、ちょくちょく刑法の話が出てくるので、暇つぶしにでもお楽しみください。
Rion 2010/11/18(Thu)01:14:26 編集
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